Tag of Thingsものタグアプリを開発された株式会社コネクトドット代表取締役 星野 寛(ほしの・ひろし)社長にお話をお伺いしました。
ものタグの開発の裏話や障がい者への情報発信についての思いを語っていただきました。かなりのボリュームがありますので、それぞれへのジャンプを設けています。
幸田:Tag of Thingsものタグアプリ(以下「ものタグ」)を作られようと思われたきっかけは何ですか。
星野:30年くらい前に他の会社と立命館大学と私で1年間、NFC(近距離無線通信)の研究をしました。そのころから、NFCを使って何かやりたいなあと思っていました。
その後、2013年にコネクトドットを設立し、京都ライトハウスに館内でNFCを使って何かやらせていただけないかと相談に行きました。その時に「視覚障がい者がどういうことに困っていて、どういう物を必要としているのかを体験してほしい」と意見をいただき、3か月間社員を一人研修に送り込んで、視覚障がいのある高齢者の方をサポートする業務を行うなかで課題を探してもらいました。
研修後、社員が持ち帰ったテーマが衣服のコーディネートでした。「昔目が見えていた時は、服を着飾って宝塚(歌劇団公演)を見に行ったけれど、見えなくなって、それが出来なくなって寂しい」などとはなしてくださった方もいました。
そこで、視覚障がいの方は、見えないからこそ服装に気を付けられているので、その支援になるようなものができないかと思い、スマートフォン向けのアプリを作成しました。私自身スマートフォン向けのアプリの作成は初めてでしたが、そのアプリを使って、服の買い物体験などもおこないました。
この「ファッション コーディネート アプリ」を作成した当時、いくつかのAndroid*端末はすでにNFCのセンサーがついていましたのでAndroid*用のアプリでは服にNFCタグを付けてコーディネートをできるようにしていました。
しかし、多くの視覚障がい者が使われているiPhoneは、NFCに非対応でした。その後NFCのセンサーが搭載されたiPhone7が発売されたころに、ある方から「NFCを使って何かアプリを作ってみては」という提案をいただきました。そこで、Android*と同じようにNFCを使って衣服の管理ができるようにしたのですが…。
展示会などでご紹介しているうちに気づいたことがありました。もちろん、衣服に興味を持たれている方は多くいらっしゃいますが、その大半が女性です。男性からは、「衣服の管理ができて何が便利なのかわからない」というような意見をいただきました。
そこで、もっと幅広く使っていただけるように物にNFCのタグをつけて、ものを識別する今の形式に変化していきました。
(注*) Androidは、当時 android 表記でしたが、現在の表記に統一しています。
幸田:ものタグアプリを開発されるにあたり、工夫した点や苦労した点は何ですか。
星野:ユーザーは視覚障がい者を対象としていますので、フラットなスマートフォンの画面上でもスムーズに操作できるようにしました。何がどこにあって、自分は今何を選択しているのかがわかるように、画面上で迷子にならないようにしました。
画面上で迷子になるのは、不規則に多くの物を配置するからです。いったい、どこに何があるのか分からなくなってしまいます。
ものタグアプリでは、1行に1項目ずつ配置し、縦1列にしかメニューが並んでいないように設計し、画面上で迷子になりにくいレイアウトにしています。
幸田:ものタグアプリを作る際にセキュリティーに気を付けられたと伺いました。
星野:安心して使っていただけるようにと、一番に考えたのはセキュリティーでした。
階段の手すりにNFCタグを貼って、「上り階段」「下り階段」と情報を登録することはだれでも簡単にできてしまいます。下り階段の手すりに「上り階段」と、うその情報を登録することもできてしまいます。そうなると、誤った情報を信じ込み、階段から転落してしまうといった事故も起こりかねません。
そこで誰がどのタグに何の情報を登録したか確認できるように、ものタグ専用のFCSコードと呼ばれる個人情報管理コードを作り、タグの作成者と登録内容を管理できるように設計しました。
FCSコードでタグと所有者が管理されていますので、ある程度抑止できるかと思っています。
また、タグに個人情報を登録することもあるので、タグにセキュリティーレベルを設定できるようにしています。これは、タグに登録されている情報の公開範囲を決めるもので、他人が読んでもいい範囲と、他人が読んではいけない範囲を所有者が自由に設定できるようになっています。
セキュリティーレベルには下記の4つのレベルを設けています。
①完全私的:自分だけが閲覧でき、他人には開示されません。
データはアプリ内に保存され、サーバーにもアップされません。
②私的:自分だけが閲覧でき、他人には開示されません。データはサーバーにアップされます。
③公開:タグをスキャンしたすべての人が閲覧できます。データはサーバーにアップされます。
④譲渡可:相手がタグにデータを登録した時点で元のデータが削除されます。
ユーザーがこれを選択しない限り他の人はこのタグにデータを入力することはできません。
このようにきちんとセキュリティーレベルが設定できるようにしておかないと、安心して使っていただけないと思い、ものタグのリリース時からセキュリティーレベルが設定できるように組み込んでいます。
幸田:ものタグは災害などで通信が途絶えても使えるのでしょうか。
星野:ものタグをリリースしたときにある方から「災害の時にタグが読めないと困る」という意見をいただきました。ものタグのデータは基本的にサーバーに保存されており、タグをスキャンすると、スキャンされたタグに一致する情報をサーバーからダウンロードして表示するようになっています。
そこで、自分が作ったデータは、その人のスマホの中にキャッシュ(通信先からのデータを一時的に保存しておく機能)として保存するようにしています。そのため、登録した情報などは、ユーザーのスマホに保存されているので、災害時などで通信が途絶えてもタグを読めるようにしました。
幸田:ものタグの仮想タグについて教えてください。
星野:仮想タグとは、アプリ内だけで使用することができるタグのことです。
ものタグでは、タグを階層化することでものを管理できますが、入り口の「親タグ」は物理タグを使用し、その下に位置する下位のタグは仮想タグで管理することもできます。そうすることで、物理的なタグを増やさなくてすみます。
CDを例に挙げて説明します。
10枚組のCDがあるとして、一番外側のCDケースに物理的なシールタグを1枚貼り、その1枚目のタグを「親タグ」とし、CDのタイトルを入れます。
その「親タグ」の下に「収納タグ」を作り、10枚の「子タグ」を入れます。この「子タグ」は物理的なシールタグではなく、アプリの中だけで使用できる仮想タグを入れ、そのタグの中に各CDの情報を登録します。物理的なタグは1枚、その中に仮想タグが10枚あるという構造になります。
そうすることにより、ケースに貼っている物理タグをスキャンすると、ケースの中にはCDが10枚入っているという情報がわかるようになります。
仮想タグを使うことにより、物理タグを増やすことなく物を管理することができます。
幸田:ものタグにはカレンダー機能があると伺いました。これはどのような機能ですか。
星野:カレンダーは個人で使える仮想タグの機能の一つです。
1番上の「親タグ」が「年」、「その下の「子タグ」が「月」、各「子タグ」の下に「孫タグ」の「日」があるという構造になっています。その最終の「日」のタグにその日の予定などを登録します。また、「日」のタグの1行目に時間を記載しておくと、自動的に時間順に並ぶように設定しています。
中には、お子さんが学校からもらってきた行事の案内のプリントをスキャンしてOCRにかけたものをカレンダーの該当する日に張り付けて保存したり、総会などの会議資料を該当する日に張り付けて管理したりしている人もいます。
会議資料をカレンダーに張り付けておくと、会議当日にその場で資料の内容を音声で聞くことができますし、必要であれば周囲の人に音声で聞かせてあげることもできます。
当初はシールタグを使ったスケジュール帳を作ってほしいという要望がありました。しかし、シールタグでスケジュール帳を作ると膨大な量のシールが必要ですし、スケジュールの組み換えや読み込みに手間がかかります。そこで、スケジュールの組み換えが簡単にできて、かさばらない仮想タグを使って作ることにしました。少々複雑ですが、慣れるとめちゃくちゃ便利ですよ。
幸田:仮想タグを使用したもう一つの例として、「ものタグサポーター」があるそうですね。
星野:「ものタグサポーター」の情報はすべて仮想タグで構築しています。
例えば、「ものタグサポーター」を開くと、「こまき視覚障がい者の会」があり、その中に、「視覚障がい者のための・ものタグ「アテンド ナビ」」があり、またその中に「12.こまき巡回バス「こまくる」」があります。「こまき巡回バス」の中にも方面やバス停一覧があり、その下に時刻表があります。このように一つ一つの項目はタグで構成されていますが、これら一つ一つは物理的なタグではなく、サーバーに保存されている仮想タグを呼び出して表示しています。
このように仮想タグを使用することにより、ホームページを構成する要領で情報発信ができるようになっています。
幸田:ものタグの「階層」と「リンク」について教えていただけますか。
星野:タグに階層とリンク構造を作ることによって、知りたいところからすぐに知れるようにしたのがものタグの大きな特徴だと思います。
階層とリンクを使えば、一つタグを持っていると、そのタグからいろいろな情報が取れるようになります。例えば、「視覚障がい」に関する情報と言っても様々なところにあふれています。それをホームページの要領と同じように、つなぐことによって多くの情報にスムーズにアクセスできるようにしたいと思い、この階層とリンクという機能を作りました。
「階層」とは、一つのタグを「親タグ」とし、その「親タグ」の中に「子タグ」、「子タグ」の中に「孫タグ」と複数の世代を作ってタグを登録し、管理できる構造のことです。これにより、1つの事柄からいくつもの情報を束ねることができ、また、体系的に整理が出来ます。
先ほどのCDの例でいうと、10曲が収められたCDがあるとし、一番外側のケースに「親タグ」を貼り、CDのタイトルを登録しています。その「親タグ」の下に仮想タグで「子タグ」を10枚作り、各タグに各曲のタイトルを登録します。また各曲名の下に仮想タグで「孫タグ」を作り、各曲の作曲者名や歌詞などの曲にまつわる項目を登録します。このように縦に段階を付けた階層構造を利用することで、目的の項目をスムーズに選択できるようになります。
これに対して、「リンク」は異なる複数のタグの情報をつないだり、自分が持っているタグに他のユーザーが持っているタグの情報などを繋いだりする機能です。主に「ものタグサポーター」で使われています。
例えば、ものタグサポーターの項目の中の、「こまき視覚障がい者の会」→「視覚障がい者のための・ものタグ「アテンド ナビ」の順にメニューを選択すると、「12.こまき巡回バス「こまくる」」というタグ名があります。これは巡回バスのアカウントでつくられたバスの時刻表であり、「こまき視覚障がい者の会」のアカウントで作成したものではありません。
このように複数のタグをつなぐことによって、多くの情報にアクセスすることができます。
幸田:ものタグには「アクション」と呼ばれる機能があるそうですね。アクション機能について教えていただけますか。
星野:アクションとは、ホームページ上などで、画像などに設定する動作のことです。メールアドレスがあれば、その項目を実行するとメーラーが起動する、URLであれば指定されたホームページが開く、電話番号であれば指定された番号に発信されるというものです。
ものタグにもこのアクション機能を組み込んでいますのでご紹介します。
一つ目が、ものタグの神経衰弱ゲームです。神経衰弱ゲームの中に観光列車の名前と観光列車が通っている路線区間を結び付けるゲームがあります。この観光列車の情報にチケット予約センターのURLを記載しているので、そのURLを実行していただくと、チケット予約センターのページが開くので、すぐにチケットの予約が取れるようになっています。
二つ目がものタグサポーターの中にある「福祉機器販売サポート Heartful」です。ここでは、各商品のページに「役所申請書類申込メール送信ボタン」「問合せメール送信ボタン」「購入希望メール送信ボタン」の三つのメールアクションと「電話での問い合わせボタン」の電話発信ボタンがあります。
この機能は、メール送信ボタンを実行すると、メーラーが起動し、タイトルに選択した商品名、問い合わせ内容(問い合わせ、購入、申請書類の請求が自動的に入力されたメールが作られるようになっています。もちろん本文にも文字を入力することができますが、このままメールを送信していただければ問い合わせができるようになっています。
メールを受け取った方は、メールアドレスの差出人を見ると、問合せした人が特定できますので、スムーズに対象者に手続き等の案内ができるようになっています。
視覚障がい者の中には、メールでの問い合わせが難しい方もいらっしゃるので、簡単にメールでの問い合わせができるようにしたいという要望がありました。ホームページには、ボタンを押すとメールの送信ができる機能はありますが、どこにボタンがあるのか、視覚障がい者にはわかりにくいですよね。そこで、このアクションの機能を付けました。
しかし、ものタグのサポーターのページから機器を購入したという話はまだ聞いていないんですけれども…。おそらくものタグにこのような機能があるということがまだあまり知られていないのだと思います。
幸田:ものタグでは、タグに登録されている情報が正しく音声で読み上げられるように工夫されていると伺いました。
星野:VoiceOverなどで文字を読ませると、漢字などを正しく読んでくれないことがありますよね。そこで読み仮名を付けられるようにしました。
これはある視覚支援学校の先生からの要望を受けて付け加えた機能です。
人体模型の各所にタグを付け、そのタグをスマホの音声で読み上げながら学習を進めて行きたいとのことでしたが、難しい漢字などはきちんと音声で読み上げられませんでした。そこで、画面には正しい漢字などの表記が表示され、音声では正しく読み上げられるようにしました。
この機能は今はサポーターの機能で生かされています。
幸田:確かに人名や地名などは正しく読み上げられないことが多いので、正しく読み上げてくれると大変うれしいです。
星野:ホームページなどで漢字に読み仮名を付けて読ませる機能がありますよね。しかし、ホームページを読ませるときは読み上げソフトなどを使いますから、ホームページの読み仮名機能はあまり使われません。また、ホームページの内容を変更するたびに、いちいちホームページ制作会社に読み上げの変更を頼まないといけなくなります。
一方、ものタグに読み仮名を登録する場合は、ユーザーが直接テキスト形式で簡単に読み仮名を登録できるように工夫しました。
いろいろなホームページを見ていると、正しく読み上げられない語句がたくさんあります。中には、正しく読み上げられない語句はひらがなで表現して、何とか読み上げソフトで正確に読み上げられるように工夫しているものもあります。目で文字を読む人と読み上げソフトで読み上げられた文字を聞く人が同じ文章を読む場合、ひらがなばかりで書かれた文章というのは、見えている人にとっては読みにくい物になります。正しく読み上げられて、正しく表示されること。この両方をきちんと行わなければなりません。
その点、ものタグでは、正しい表示ができる上に読み仮名を登録すれば正しく読み上げられるので、この読み仮名の機能が活かされていると思っています。
幸田:地域によっては同じ漢字でもアクセントが異なる地名などがありますよね。そのようなアクセントの違いも読み仮名で工夫出来たら、臨場感が沸くと思います。
星野:特に地名は同じ漢字でも地域によって読み方が変わってきますから、大変ですよね。
バスの時刻表などに記載されている停留所名にはひらがなが付けられています。ところが、ひらがなを画面読み上げソフトで読ませると、ベタっと(平板に)読んで、ちゃんと読んでくれないことがあります。
そこで、ものタグでは、アクセントを付けるために読み仮名に別の漢字を割りあてることなどもしています。
幸田:ものタグでは時刻表も閲覧できると伺いました。
星野:現在、愛知県小牧市の こまき巡回バス「こまくる」の時刻表を掲載しています。たまたまこのバスを通勤で利用されている視覚障がい者の方がいらして、路線の本数が少なかったので、ささっと入れて、試験的に使っていただいています。利用者からは、「これは使いやすい」という意見をいただき、何度か時刻表を更新して使っていただいています。
まあ、すでに時刻表検索アプリがあるから時刻表機能はいらないという意見もありますが…。
検索アプリももちろんいいとは思いますが、普段利用しない路線を検索する視覚障がい者は少ないのではと思っています。つまり、検索する路線や区間が決まっていると思うんです。
ものタグの時刻表は、路線別と駅名(バス停名)から検索できるようになっています。ただ、それだけでは、同じ路線でもバスによって止まるバス停と止まらないバス停があるので、乗車バス停と降車バス停を指定すると、必ず指定した二つのバス停に止まるバスの時刻表だけ表示できるようになっています。
また、この時刻表は、出発時刻と到着時刻が同時に見られるようにしています。
この時刻表の仕組みは、乗車バス停と降車バス停を指定すると、路線をスキャンし指定された2地点を割り出し、その2地点を通るバスだけを抽出することで表示しています。ただ、ものタグの時刻表は乗換検索ではないので、同じ路線内でも乗り換えが必要な場合を含め、乗換検索や経路検索はまだできていません。
幸田:簡単に時刻表がみられるのはありがたいですね。
星野:時刻表のリクエストは多いですね。きっかけは、ある方から駅に迎えに来てもらう際に何番線に電車がつくのか知りたいという要望をいただいたことでした。
また、別の方から、見えていた時はバス停のパネルに書かれている時刻表をスマホに取り込んで読まれていたようですが、見えなくなってからはそれが出来なくなり、誰かに時刻表を見てもらわないといけなくなったと聞きました。そこで、試しにその方が利用される路線の時刻表を登録してお渡ししたところ、大変喜ばれました。
その方が評価してくださった機能が、乗車バス停の出発時刻と降車バス停の到着時刻が一度にわかるところです。
その方は、外出時は地元のバス停に支援者に迎えに来ていただいているようなのですが、通常の時刻表では到着時刻がわかりにくいため、いつも乗車バス停の出発時刻から逆算して降車バス停の到着時刻を伝えていたそうです。そうすると迎えに来られる方も大まかな時間しか伝えられていないので、バス停にある時刻表のパネルをみて、どのバスに乗っているのか考えながら待っていたそうです。そこで、ものタグの時刻表で到着時刻も見られるようにしてお渡ししたところ、支援者に正確な到着時刻を伝えられると喜ばれていました。
バス停に置かれているパネルにはバスの時刻表以外にも様々な情報が掲示されていることがあります。でも、読めないと話にならないですよね。
やはり、シンプルに使えないと難しいですね。シンプルに使えて、見えないからこそ困るところ、普通なら気づきにくいところに手を差し伸べることが大切だと思っています。
ものタグを利用した神経衰弱ゲームの説明はこちらをご覧ください(別ウィンドウで開きます)。
幸田:ものタグを利用した神経衰弱ゲームについて教えてください。
星野:NFCタグを使用した視覚障がい者向けの神経衰弱ゲームということで、どこにあるどのコマを取ったかということが伝わらないといけないので、各コマに番号を付け、板の上でもコマを置く位置を固定するようにしました。例えば、板の左上を1-1とするならば、その1-1のマスには1-1の番号がついたコマを置くということですね。このようにコマの位置を固定しておけば、視覚障がい者が晴眼者と対等にゲームができると思い、作成しました。
遊び方は、普通の神経衰弱ゲームと同じで、対になる二つのコマを取り、取ったコマの数で点数を競います。
ゲームで使用するコマの数は4×4の16個です。コマは2枚ずつ取るので、偶数の数のコマを用意する必要があります。2×2の4個、4×4の16個、6×6の36個…。コマの数が増えると、視覚障がい者が不利になるので、36個はちょっと多すぎるかなと思い、最終的に4×4の16個になりました。
ただ、16個のコマだけではゲームのパターンが固定されてしまうので、ネットからダウンロードできるようにし、幅広い人に遊んでもらえるようにしました。というのも、このゲームを学校で使ってほしかったのです。学校でボードの四隅に一人ずつ生徒が座って、4人一組で遊ぶので、4・5セットくらい買ってもらって…。
ゲームの有料化も検討しましたが、どのボードに何のゲームが入っているかということを管理しなくてはいけなくなりますし、ボードによって遊べるゲームが限定されてしまいます。そこで、ゲームセットを購入してもらえば、無料でゲームをダウンロードできるようにしました。
ゲームダウンロード時は、対になるものが隣り合わせになるように組み立てられています。例えば、1-1のペアは1-2、1-3のペアは1-4というようになっています。そのため、テキスト的に使っていただけるかと思います。そして、最後はシャッフルをして、記憶力を試してもらうというように使っていただければとおもっています。が、まずは単純にゲームを楽しんでいただけると入れしいです。
ゲームで遊ぶときは、代表者が遊びたいゲームを選択し、ダウンロードするとそのボードに集まっている人が同じゲームで遊べるようになっています。そうすると、学校でも使ってもらいやすいかなと思いました。
ゲームの種類はいくつかありますが、著作権の関係上こちらがすべてのゲームのコンテンツをそろえることに限界があります。そこで、各ボードに個人でゲームを作れるようにしています。
個人で作成したゲームは、該当するボードのコマをスキャンしたら、ゲームダウンロード一覧から選択し、ダウンロードすることで使用できます。ボードごとに管理していますので、個人で作成したゲームが外に漏れることはありません。
この神経衰弱ゲームの特徴は、テキスト情報以外にも音声情報をコマに登録することができる点です。
視覚障がい乳幼児研究会では、子どものおもちゃとしてこのゲームを使っていて、テキスト情報よりは音の情報を多く入れたゲームを作られています。例えば、Aさんの声とAさんのお母さんの声を一致させるようなゲームも作られているそうです。
このように一般的に出回っているようなゲームだけではなく、オリジナリティーがあふれるものをドンドン作っていただきたいと思っています。
幸田:今後、神経衰弱ゲームをどのような場面で活用されたいと考えられていますか。
星野:一人で遊びたいので、一人用のゲームがほしいという声をいただきましたので、板にコマを貼り付け、コマを取れないようにした一人用の神経衰弱ゲームを作りました。また、中には、物理的なコマは必要ないので、スマートフォン内だけでゲームをしたいと話されている方もいますね。
現在、ある団体と協力して福祉カルタを作成しています。福祉的なことが読み札と絵札の組み合わせで、書かれているものです。
今回神経衰弱ゲームを作成していて、物理的なものを好む人、空間的なものを好む人、中身にこだわる人、得点にこだわる人、ゲームが好きな人、ゲームに興味がない人、「ゲーム」と一口に言ってもいろいろなニーズがあることが分かりました。
幸田:星野社長は情報面での提供のあり方について思われていることがあると伺いました。
星野:2020年に「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律(バリアフリー法)」が改正されましたが、そのときに国土交通省からバス停や駅などでリフトを設置しましょう、階段ではなくスロープにしましょうといった具体的な施策や事例が挙げられていました。それはいいことなのですが、一方のソフト面(情報提供のあり方)については何も書かれていませんでした。むしろ、ソフト面に付いては、「みんなで協力して助けてあげましょう」という風潮でした。
昔は、バス停などで紙の時刻表を配っていましたよね。あれもほとんどなくなりました。検索アプリがあるから必要ないという認識ですね。
情報提供のあり方が、ある意味後退してしまっているんですよ。情報はあふれていて、誰でもアクセスできる状態であるということが大前提になっています。その中で、わざわざ障がい者向けに情報ツールを作る必要は特にない、という風潮があるなあと思いました。
そのころにこまき巡回バス「こまくる」の時刻表を作成しました。
幸田:星野社長はユニバーサルデザインについて考えられていることがあるそうですね。
星野:一つの物を提供するにしても、いろいろな見方があります。例えば、時刻表一つを例に挙げても、いろいろな側面があります。また、視覚障がい者への支援のあり方として、「これが正解」というような方法が示されていますけれど、人それぞれいろいろな面で困っていることがあるので、それに合わせてサポートする必要があります。何を提供したら一番いいのかというものは、実はないのです。
ユニバーサルデザインという言葉をよく聞きますよね。中には、見えている人が受けられているサービスは見えていない人も同じように受けられるのが当たり前で誰もが使えるようなインターフェイスを構築するのがユニバーサルデザインであるとおっしゃる方もいます。ところが、いろいろな人と話をしていくと、ニーズは多岐にわたり。正解がどこにもないということがわかります。
なんでもかんでもユニバーサルデザインで実現できるというのは、おそらく難しいと思います。
もちろん、多くの人が関わり、ユニバーサルデザインを目指して膨大な機能を盛り込んで何かを作り上げることはできるでしょう。しかし、これは、人件費などを無視した話で、現実味がありません。ニーズも多岐にわたることから、一般的に合理的な範囲でユニバーサルデザインのものを作り上げることは、非常に難しいと思います。
ユニバーサルデザインは難しいかもしれませんが、いかに幅広く満足をしてもらえるような物を作り上げるかが大切です。そしてこれは、永遠の課題だと思っています。
幸田:確かに情報はあふれていますが、自分に必要な情報を確実に手に入れることが難しいと思うこともあります。
星野:バスに着けるリフトや様々なバリアフリーのバスなどは、結果が目で見えているので、「そこに投資してよかった」ということで、予算がつきやすいのだと思います。ところが、情報提供のあり方は、個々に情報が行き届いているかどうか、つまり個人の頭の中での話なので、形がなく、結果が目に見えません。そのため、行政としても予算を付けにくいのだと思います。
分かりやすい情報提供のあり方と言われても、何からどのように手をつけたらよいのかわかりにくいだろうし、それを説明する方も簡単には説明できないと思います。個々の能力、頭の中の話ですから。
しかし、そういうところをもっともっと研究を重ねていく必要があると思います。全員の方を満足させることは不可能だと思いますが、より多くの人に情報を届ける方法を研究する必要があると思っています。
現在、AIを使った情報提供のあり方などが研究されていますが、障がい者が何を考えて、どう思っているかということは全然研究されていません。2・3年前だったと思いますが、AIをどう利用するかという話の中で、「健常者がモデルになっているので、障がい者がドンドン取り残されている。」と危惧している方がいました。
幸田:私も経験がありますが、情報があることに気づけないこともありますよね。
星野:それをじかに感じた出来事があります。ある方が「視覚障がい者は情報弱者です。情報が入ってこないんです。」と話されたんです。すると同席していた市役所の担当者がきょとんとされているんです。「ホームページがありますよ。うちは全部公開していますよ。」と。
もちろん、市としてはすべてホームページで情報を公開していますが、ホームページが読めなければ、情報は何にも入ってきませんよね。
障がい福祉ガイドブックを読むにしても、視覚障がい者に関係ある項目がどこに書かれているかがわからなければ、どこを読んだらいいか分かりません。また、どこを読んだらよいのか教えてくれる人もそう多くはいませんよね。
市としては情報を発信していますが、当事者には届いていない。まさに両者が目の前ですれ違っているんですよ。
幸田:余談ですが、ホームページなどでは、見出しに記号が付けられていてわかりにくいことがありますよね。
星野:そうですね。ある方が読み上げソフトを使ってホームページを読んでいると、「しかく障がい者」と聞こえたので一生懸命内容を確認されたそうです。ところが、これは、「視力障がい」の「視覚」ではなく記号の「四角(■)」だったのですね。笑い話みたいですけれど、そういうことはよくあるんですよね。
幸田:総務省に認定された「情報アクセシビリティ好事例2023」では、ものタグは「視力なし、または限られた視力での円滑なコミュニケーションや情報へのアクセスを実現」した製品として採択されています。ものタグは、どのような形で「視覚障がい者向けの情報発信ツール」として使用することができるのでしょうか。
星野:「情報アクセシビリティ好事例2023」の認定審査では、W3Cのウェブ・アクセシビリティを考慮した記述法をベースにしたチェックシートに記入して申請する必要がありました。アクセシビリティを考慮した記述法では、障がい者にとって利用しやすいウェブコンテンツを作る際に考慮すべき基本的な事項が記されています。
日本の国としてもこのアクセシビリティを考慮した記述法を取り入れようと考えているようです。そのため、総務省や厚生労働省としては、アプリやソフトの入札の対象となるものは「情報アクセシビリティ好事例2023」で使用したチェックシートを満たしていなければならないというような基準を設けることを検討しているようです。
おそらく、今後国のシステムを構築するにあたり、インターフェイス的なところも国民に対して示せるようにということだと思います。今回の「情報アクセシビリティ好事例2023」のチェックシートから国として障がいごとに満たさなければならない用件を明確にした、ということだと思います。
さて、ものタグは、物を識別することを目的に開発したアプリです。しかし、階層構造とリンクの機能を使用すると、物の識別以外にも様々な用途で使えることが分かり、情報発信のツールとして使っていただきたいと思い、発展させていきました。それがサポーターの機能です。
サポーターの機能は、普通のホームページでできることを視覚障がい者にとって使いやすいように工夫したものです。世の中にあふれている情報の多くが視覚障がい者にとって非常に分かりにくいものとなっています。それらの情報を整理して、使いやすくしてほしいという声があり、いろいろな方から話を聞き、今のサポーターの機能の形になりました。
サポーターの機能は、「情報アクセシビリティ好事例2023」の用件を満たすために考えて作ったものではなく、要望を聞き入れて作った結果、たまたま規定に当てはまったということになります。逆にいうと、簡単に情報が手に入れられるような仕組みがほしいという要望がいろいろなところにあったのだと思います。
幸田:今後、ものタグアプリをどのように発展させていきたいと考えていますか。
星野:現在はサポーター機能に登録されている情報を効率的に検索する方法について検討しています。これまでは、多くの情報を入れ、それを読みやすくすることを中心に行ってきました。
情報が膨大になってくると、どこをどのように読んだらよいのかわからなくなります。それを改善したいと思っています。検索と一言で言っても、キーワード検索やカテゴリ検索、目的別検索などなど、TPOによって異なると思います。ユーザーがどういう使い方をするのかを想定して、その時々にあった検索方法を提供するのが良いのかなと思っています。
後は、時刻表を充実させていきたいと思っています。広範囲の時刻表を提供することで、ユーザーの外出意欲が高まり、それが交通機関への収益増へと繋がり、企業がこのようなアクセスしやすい時刻表にも投資してくれることを期待しています。