ナビゲーションアプリ「シカイ」開発元リンクス株式会社小西様へのインタビュー

 今回は、視覚障がい者向けナビゲーションアプリ「シカイ」について開発元のリンクス株式会社の担当者小西様にインタビューをしましたので、その内容を紹介します。 尚、以下「Q」が幸田、「A」が小西様の回答になります。
 

Q:ナビゲーションアプリ「シカイ」を開発されようと思われたきっかけを教えていただけますか。

A:視覚障がいのある方が様々なことで苦労されている状況を知り、私たち技術を持つ側から何かお手伝いが出来ないものかと思っていました。2016年末に東京メトロのアクセラレータープログラムに応募し、視覚障がいのある方の駅構内での案内をテクノロジーの力で行う提案をしました。100社超の提案がありましたが、最終的に3社のうちの1社に選ばれました。
 このイベントを契機に、2017年から、東京メトロから訓練センター(本物そっくりの模擬駅)を提供頂き、「シカイ」の原型になるアプリの実験を始めました。東京メトロからは、このイベント以来、ずっと手厚いサポートを受けて来ました。これが「シカイ」開発のきっかけです。
 

Q:「シカイ」の開発に携わっておられるのは、どのような分野の方々(技術者)でしょうか。

A:下記の①から⑤のタイプの技術者が「シカイ」を支えています。

  ①「シカイ」アプリの開発全般に責任を持つプロダクトマネージャー

  ②フロントエンド(ユーザーが触る見た目のところ)の技術者

  ③バックエンド(サーバーやデータベースなどの裏側のところ)の技術者

  ④駅などの点字ブロックの情報をデジタル化する技術者

  ⑤AIを実装する技術者
 

Q:「シカイ」を開発されるにあたり、苦労された点は何ですか。

A:当初は無線の技術を使用して実験をしていました。まずはブルートゥース・ローエナジー・ビーコン(スマートフォン向けのビーコン)を使いましたが、これでは位置情報の精度が悪く、どの方向を向いているのかの情報も不確かだったため、実験がなかなかうまく行きませんでした。他の無線系の技術も試したのですが、費用が高いことや方向情報が無いことから、実用化に向いていないと判断しました。
 まやかしの技術ではなく、出発地点から目的地点まで、必ず辿り着けるものでなければやる価値がないと考えていました。「まぁなんとなく目的地の近くまで行けたから良しとしよう」「目的地に辿り着けないこともあるけど辿り着けることもあるから良しとしよう」などとは思えませんでした。移動時に進む方向を伝えることはとても重要な情報で、それを伝えられないというのは致命的でした。実験を繰り返しても繰り返しても、満足の行くレベルではなかったので、本当に困りました。東京メトロに提案した責任もありますから、どうしようかとかなり長い期間悶々とした日々を過ごしていました。
 ただこれらの失敗の繰り返しの中で、幸いにも気づきを得ることが出来ました。 ある日、視覚障がいのある方がスマートフォンを手に持ちながら移動する姿を見て、警告ブロックにQRコードを貼って、それをスマートフォンのカメラで読み取りながら点字ブロック沿いに歩くことを思いつきました。ヘンゼルとグレーテルみたいな感じですね。キャンディを拾って歩いて行くとお菓子の家に着くみたいな。これが現在のナビゲーションアプリ、「シカイ」のもとになっています。
 使い物になる技術の組み合わせを見つけるまでのプロセスはなかなか大変なものです。
 

Q:視覚障がい者にもスマートフォンのカメラで確実に目標となるQRコードを認識させられるように工夫したのはどのような点ですか。

A:まず大前提として、点字ブロックの警告ブロック上にQRコードが貼ってあり、その点字ブロックに沿って移動するので、視覚障がいのある方でもスマートフォンのカメラでQRコードを認識させやすくはなっています。ただ、何もせず普通のままのスマートフォンではそこまで素早くQRコードを認識してくれません。今のスマートフォンのカメラの性能は本当に良いものにはなっていますが、移動しながら床面に貼られたQRコードを読み取るようには最適化されていないので、一秒間あたりに取得する画像の枚数やISO感度(カメラの露出)を調整して、QRコードが素早く認識されるようにしています。
 QRコードの認識には、カメラの調整に加えて、QRコードシールの素材も影響します。これらのベストな組み合わせを考えながら、何度も何度も読み取りテストを実施し、移動しながらQRコードを読み取るという作業を千回行い、1回も読み取りエラーが出ないようにしています。但し、これらのテストは地下鉄の駅構内のような明るさ(照度)で実施しています。照明のない夜の暗い裏道のようなところでは、移動しながら腰の高さで素早く読み取ることは困難です。
 

Q:「シカイ」のQRコードには、誘導先の(階段)の段数や曲がる方向など、安全に歩くことができるように詳細な情報が提供されます。このような情報をQRコードに組み込むためにどのような工夫をされていますか。

A:「シカイ」が音声で提供する情報のもとは、QRコードの中ではなく、アプリの中にあります。QRコードには、ただの番号がついており、アプリの中のデータベースに、その番号の情報が記述されています。「シカイ」で案内されている間は、警告ブロックに差し掛かる度に、右や左、直進といった進行方向の情報が提供されます。これはユーザーが向いている向きと目的地に基づいて進行方向を計算して提示しています。階段の段数などは現地で私たちが数えて入力しています。視覚障がいのある方がなるべく安全に歩けるように、人の流れを横切る可能性がある場合や人の流れに逆流する可能性がある場合は、それらの情報もお知らせします。また、点字ブロック近くに自動販売機などが設置されている場合は、台車など当たると痛そうなものが点字ブロックを塞いで商品の補充をしていたりしますので、通行されるユーザーに気を付けるようにお知らせします。
 このように詳細な情報を提供するためには、現地をしっかり観察し、危険そうな箇所や役に立ちそうな情報について一生懸命検討する必要があります。どんな情報を提供すればより安全に移動頂けるか、どう説明すれば勘違いなく状況を理解できるのか、チームのみんなで一生懸命考えて来ました。そういう意味では、工夫も重要な要素ですが、視覚情報がない中で移動する困難な状況を想像し、思い遣ることが最も大切かと思います。
 チームのメンバーには、これら案内のメッセージは、視覚障がいのある方へのラブレターだと思って、伝える内容を考えて欲しいと言って来ました。それだけの情熱を込めて作成しています。
 

Q:「シカイ」用のQRコードを駅構内などに導入するにあたり、苦労されることなどはありますか。

A:技術的な困難はありませんが、駅などの場合、昼間は利用者が通行するので、QRコードの導入は、営業終了後の深夜帯になります。限られた時間の中での導入ですので、苦労という訳ではありませんが、緊張感があります。
 苦労するのは、建物の構造上、点字ブロックの引き方がとても変わった形になっている場合に、その状況を視覚障がいのある方にどう伝えるかという試行錯誤のところでしょうか。
 ちょっと違う苦労もあります。こちらの方が本当の苦労かもしれません。「シカイ」の良さを理解頂き、導入しようと思っていただくまでに相当な時間を要するのです。導入までの時間の長さが最も厳しいところです。
 

Q:将来的には、「シカイ」を駅構内だけでなく、他の場所(例えば、駅から市役所や駅から病院などの施設外ルート、病院やショッピングモールなどの施設内など)への導入を検討されていますか。その場合、「シカイ」の導入場所を拡大していくためには、どういった機関や団体との調整や協力が必要になると思われますか。

A:現時点でも豊島区が東池袋駅と豊島区役所の間、それから東池袋駅と豊島区の点字図書館(ひかり文庫)の間に「シカイ」を導入しています。将来的には、「シカイ」も駅だけでなく、さまざまな場所に導入されていくと思いますが、導入を促進するための計画はまだ立てていません。最終目的地としての施設や小売店、飲食店などは、東京と大阪だけでも何万件、何十万件にもなるかもしれません。人によって行きたい場所は千差万別だからです。

まずは、移動のネットワークの結節点になる駅と駅の間、駅とバスターミナルの間にしっかり導入することを優先したいと思います。
 東京や大阪レベルの大都市なら、20から30箇所程度の乗り換え駅に「シカイ」を導入するだけで、そのありがたみを感じていただけるかと思います。移動のネットワークの結節点に「シカイ」を導入することで、視覚障がいのある方が初めての場所でも、一人で目的地の最寄り駅までは行ける世界になります。

目的地の最寄り駅から本当の目的地までは、屋外の移動で道路の横断なども含まれるため、現時点の技術では支援が難しいと考えています。初めての場所に移動する際のラストワンマイルについては、人的な支援が柔軟に使える仕組みを提供する方が現時点では現実的ではないでしょうか。

さて、「シカイ」の導入場所を拡大するために、どういった機関や団体との調整や協力が必要になるかということですが、
  ①当事者団体: 本当にその場所に導入することが必要かの声を頂く
  ②鉄道事業者など: 公共交通機関の要
  ③市区町村の長: 駅と駅の間は関係者が多いのでリーダーが必要
  ④国土交通省: 公共交通関係のバリアフリーを管轄
といったところでしょうか。

 「シカイ」を真っ先に導入すべき場所は駅と駅の間ですが、この駅と駅の間は駅の外であり、またそのエリアに複数の管理者などがかかわっているため、話を進めるのが簡単ではありません。市区町村の長の鶴の一声が必要かもしれません。
 この3月にJR大阪駅のうめきたエリアから西口までの範囲に「シカイ」が導入されました。これに合わせて、JRの大阪駅、北新地駅、大阪メトロの西梅田駅、梅田駅、東梅田駅のそれぞれの改札の間を全て「シカイ」で接続し、皆さんが自由に一人で行き来できるようにしたいと思って活動してきましたが、まったく前に進みません。寄付を募り無償で提供する計画なので、もう少し前に進むものと期待していたのですが…。
 このインタビュー記事を読まれた方で、是非協力したいという方はご支援をよろしくお願い致します。

 

【参考】 LiNKX shikAI(視界/シカイ) https://www.linkx.dev/shikai

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