[2024年10月配信]
今回はコミュニケーション機器のファイン・チャットや機器を操作するスイッチ、iOS端末とスイッチをつなぐアダプタなどの重度肢体不自由者向け機器の開発・製造・販売を行っているアクセスエール株式会社(以下「アクセスエール」)(大阪府・茨木市)の松尾光晴社長(日本障害者コミュニケーション支援協会 代表)にインタビューをしましたので、その内容を紹介します。
なお関連サイトおよびインタビュー動画のURLは本記事の最後に掲載しています。合わせてご覧ください。
松尾社長は、1990年代に父親をALSで亡くして以来、パナソニック株式会社の技術者としてコミュニケーション機器の開発に取り組まれてきました。そして、2019年7月のレッツ・チャット(コミュニケーション支援機器)の販売終了を機に、パナソニック株式会社を退職し、2020年1月に独立してアクセスエールを立ち上げました。
独立後、まず、パナソニックで販売していたレッツ・チャットの後継機「ファイン・チャット」の開発に乗り出しました。
「レッツ・チャットの販売中止を発表したところ、あっと言う間に在庫がなくなりました。中には直接私にレッツ・チャットを譲ってほしいと頼まれる方もいました。売れる台数は限られても、必要としている人はいっぱいいる。大企業では難しいことも、私一人ならできます。必要としている人にコミュニケーション機器を届けたいと思い、アクセスエールを起業しました。」(松尾社長)
ファイン・チャットの最大の特徴は、分かりやすくシンプルな操作性、壊れにくいことです。
「多くの人が高くて最新の機器が良いと思われがちですが…。実はそういった機器は多機能で、使い方が複雑なうえ、一度壊れると一般の人には直せません。使い方が複雑だと当事者が使いこなせないこともあります。そこで、操作が簡単で壊れにくいファイン・チャットを作ったところ、愛用者が増えました。中には、高額な機器を買ったが使い方がさっぱりわからず、改めてファイン・チャットを購入された方もいらっしゃいます。」(松尾社長)
現在、iPad用のファイン・チャットの開発にも取り組まれています。「iPadのアプリとして開発することで、スクリーンタッチ、マウス、スイッチ、視線による操作など、幅広い方法で使うことができるため、長く使えるというメリットがあります。また、アプリなので『使いたい』と思った時にダウンロードするだけですぐに使えます。価格も月払いで負担しやすくなっているので、自治体からの補助金を使うことなくスピーディーに導入できます。」(松尾社長)
松尾社長はファイン・チャットの開発に加え、新しいスイッチの開発にも取り組まれています。大きさ、形、角度などを変えて、3Dプリンターを使って設計したスイッチの試作品の数は数百。段ボール箱にぎっしりと詰め込まれていました。
「20年以上コミュニケーション機器の開発をしてきた経験を生かし、より多くの人に使ってもらえるスイッチを作りました。おかげさまで結構売れています!」(松尾社長)
松尾社長によると、多くの人が機器を買えばすぐに使えるようになると思われているそうです。
しかし、最も大切なことは、機器を買う前に自分が使えるスイッチを見つけ、そのスイッチを使いこなせることだそうです。
「スイッチを使えるようになってから機器を買うことで、スムーズに機器を使うことができるようになります。先に機械を買ってしまう方が 多いのですが、これは、高級車を買ったものの、車の運転免許証はまだ持っていない、そんな感じですね。」(松尾社長)
そこで、スイッチの操作練習ができるように開発したのがスイッチを押すたびにライトが点灯して音が鳴る「ブザーライト」です。
これを使い、①スイッチを押して離す、②「押して」「離して」の指示に合わせて指定された回数を押す、③読み上げられる50音を聞いて指定された文字が聞こえたらスイッチを押す、この3つのステップを練習することで少しずつスイッチが使えるようになるそうです。
さて、最近ではスイッチを使ってiOS端末を操作する方も多くなってきました。
しかし、スイッチの専用アダプタがないことから、多くの場合、「①スイッチ」→「②スイッチから送った信号を変換するアダプタ」→「③iOS端末と②のアダプタに電源を供給するアダプタ」→「④iOS端末」と複雑に機器をつないで使用しています。これでは、スイッチでiOS端末の操作が出来なくなっても故障の判別がつきません。そこで、スイッチとiOS端末をつなぐ専用アダプタを開発されました。
このアダプタは、スイッチから送られた信号の変換とiOS端末の電源の供給を同時に行えるように設計されています。また、通電していることを知らせるボタンも付けられているので、故障の判別がしやすくなっています。
「分かりやすくシンプルな構造にすることで、機器操作が苦手な利用者にも使ってもらえるようになります。」(松尾社長) アダプタは11月中の発売を目指して、詰めの作業が行われているそうです。
そして、現在開発中のものが環境制御装置です。環境制御装置は「ぜいたく品」とみなされ、自治体からの補助金がなく、高額な負担が求められます。そこで松尾社長は、iOS端末とブルートゥースでつなげるスマートリモコンとそのリモコンを操作する環境制御機能拡張アプリの開発に取り組んでいます。
これにより、スイッチ一つでテレビやエアコン、照明などを自由に操作できます。「このスマートリモコンは、iOS15から使えるように設計しているので、古いiOS端末でも使えます。また、アプリにデモ機能があるので、所有している家電に対応しているのか、事前に確認することができます。安価で幅広い人に使ってもらえるものをと開発しました。」(松尾社長)
私も実際に使ってみましたが、操作が分かりやすく、スイッチ一つで、テレビの電源のオン・オフ、チャンネル変更、ボリューム調整などができ、非常に便利な機器だと思いました。
上記の機器に加え、9月には低床ベッドにも使用できる機器を固定するスタンド「スタンド アーム スイング タイプ」を新しく発売されています。
当事者目線で様々な機器を開発されている松尾社長ですが、これまで4回のクラウドファンディングに挑戦し、資金を募って取り組まれてきました。
「国は、最先端の技術や過去になかったものにはドンドンお金を費やします。しかし、スイッチなどのアナログの機器の開発には支援金はおりません。必要だから、有効だからという理由では開発のサポートは得られないのです。
実際スイッチを開発するにあたり、支援金を申請しましたが、『最先端技術からほど遠い!』という理由でおりませんでした。
スイッチ(押すもの)は、はるか昔からあると!しかし、多くの人がスイッチを必要としています。これがあれば、コミュニケーションも取れるし、家電も操作できる。そういった実用的なところにもっとお金を費やしてほしいと思っています。」(松尾社長)
「アクセスエールで、機器、アプリ、アダプタ、スイッチ、固定スタンドなど、トータルで販売し、当事者が導入しやすい環境を作っていきたいと思っています。」最後に松尾社長が力強く話してくれました。
これまで培ってきた経験を活かし、常に当事者と支援者の事を考えて開発に取り組まれる松尾社長の熱い思いが伝わってきました。
「最新技術が必ずしも使いやすい物とは限らない」まさにその通りだと思いました。自分の身の周りの機器を見ても使いこなせているものは何一つありません。
自分の意志で言葉を発せられるように環境を整えることはとても重要です。そのためには、その人に合ったコミュニケーション機器やスイッチを用意しなければなりません。しかし、松尾社長によると、その環境づくりを担う人が圧倒的に不足しているそうです。必要なものが求められる人のところに届くように。改めて重度肢体不自由者への支援の重要性を痛感しました。
【関連サイト】
アクセスエール株式会社
https://accessyell.co.jp/
※ 今回もインタビューの一部を動画で紹介しています。
下記URLにアクセスしてご覧ください
http://www.itsapoot.jp/mailmaga/matsuo_interview.html